《関が原》 宰相殿の空弁当
|
石田三成の出陣を促す狼煙はしつこく上がっています。南宮山の毛利秀元の元には、狼煙以外にも、三成からの出陣要請の使者も訪れましたが、吉川広家からの指示で何だかんだと理由をつけて出陣しようとしませんでした。
また、関が原に攻め込むのに、毛利軍が邪魔になる土佐の領主・長宗我部盛親からも使者が来て、
「宰相殿(秀元の呼称)が動かないと、攻め込めないので、サッサと動いて欲しい (-_- )b」
と散々要請が来ており、返答に窮した秀元は、
「わが毛利軍は、只今弁当を使っている ( ̄^ ̄;)」
と答えたのです。弁当を食ってると言った以上、秀元は本当に部下に陣中食を摂る命令を出し、自分自身も弁当を食い始めたのですが、この†ランチタイム†は、『関が原の戦い』が終了するまで、4時間あまりも続けられ、世間では
†宰相殿の空弁当†
と言われています。
続きを読む