三成の最期




石田三成を匿っていた古橋村の農民はそんなお触れが出ても、三成を捜索隊に売り渡すようなマネはしませんでしたが、三成自身が、村に迷惑が掛かる事を嫌い、農民に通報させて、捜索隊に捕縛されました。

三成は他にほ捕縛された安国寺恵瓊と共に、大阪や堺などを引き回しされた後に、京都の六条河原で斬首の刑に処され、その首は同じく京都の三条河原に晒されたそうです。

そんな三成の有名なエピソードとして、斬首されるために刑場へ向かう三成が、

「喉が渇いた。白湯をくれ」

と護送役の組頭に言うと、組頭はいちいち白湯を用意するのが面倒くさくて、たまたま持っていた干し柿を差し出しました。

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(C) 2009 天地人の関ヶ原の裏話