三成の協力者たち-1




大谷吉継は、今は亡き秀吉から、

「吉継に100万の軍勢を率いて指揮させてみたい ( ̄- ̄ )」

と言われたほどの軍略家でしたが、かれも三成と同じく成人して自分の腕を振るえる頃には、日本の国内はほぼ統一されており、彼の実力が発揮される機会はほとんどありませんでした。

その上吉継はハンセン氏病に罹っており、病に冒された顔を隠す為に頭巾をして、馬に乗ることも出来ず、家臣の担ぐ輿に乗って移動していたと言われています。

そんな吉継が和佐山に訪れると、三成は人払いをして†家康殲滅計画†を打ち明けました。それを聞いた吉継は、

「やめとけ! 絶対に負ける!( ̄□ ̄;)」

と即座に反対しました。吉継はどちらかといえば†家康派†で、朝鮮遠征や度重なる派手な築城工事などで、大名や民衆はすっかり疲弊し、このまま†豊臣の天下†が続くより、新しいリーダーの下で国は生まれ変わるべきだと感じていたのです。

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(C) 2009 天地人の関ヶ原の裏話