家康、最初の一手
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〝諸大名と仲良くなる事 (・∀・)ノ〟
でした。
戦国時代を生き抜いた武将の中でも、家康は最古参の部類になり、織田信長の家臣だった武将や、中部・関東地方には親しい大名も多かったのですが、家康が秀吉と対立している最中に、秀吉の配下になった中国・四国・九州といった地域を支配していた大名とはあまり接点がありません。
ですから、家康はそれまで交流の薄かった諸大名に接触を開始したのです。
もっとも、接触と言っても
「太閤秀吉殿下亡き後の天下は、ワシが治めるんで、そこんとこ ヨロシク (  ̄ー ̄)v」
といった政治向きな話は一切無しで、ただ世間話などをして帰るだけだったのですが、それまで疎遠だった大名に対して、親しくなろうという家康の魂胆は、いざ豊臣家から天下を盗る為の戦が起こった時に、自分に味方をさせようとする事か、あるいは大名たちの〝性格〟を把握しておこうという気だったのでしょう。
さらに家康は、大胆にも秀吉が禁じた
〝大名同士の勝手な縁組〟
を始めました。
大名同士が婚姻によって結びついて、より大きな〝一族〟になるというのは、戦国時代からよくある話なんですが、権力者にとっては配下である大名が勝手にこれを始めると、やがて自分の存在を脅かすほどの勢力になってしまう危険がありますので、大名同士が〝勝手に〟縁談を進めることを秀吉は生前から禁じていたのです。
その〝ご法度〟を家康が始めたのです。実際に進めようとした縁談は、家康自身の息子である松平忠輝(まつだいら ただてる)と、奥州の覇者・伊達政宗(だて まさむね)の娘との婚約をはじめ、加藤清正や蜂須賀家政(はちすか いえまさ)の息子に嫁を紹介したりしました。この縁談話を聞いて石田三成は当然、激怒します。
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