《関が原》 家康の決断
合戦が始まったのは朝ですが、東軍と西軍の激しい戦闘は続きました。
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西軍で実際に戦っているのは、前述の様に宇喜多秀家や石田三成、あるいは大谷吉継などの一部の部隊に過ぎませんでしたが、彼らの奮闘によって東軍は結構大きな被害を受けており、関が原に展開している東軍大名で無傷な兵力は、戦場から離れて布陣している〝後詰め〟部隊くらいだったのです。
家康おやぢの率いる徳川軍にも死に物狂いの西軍部隊が、度々攻撃を仕掛けて来ており、家康は
「金吾(小早川秀秋の呼称)の裏切りはまだか?! ヽ(`Д´)ノ 」
と当初、全然当てにしていない小早川秀秋の裏切りを催促するようになりした。
ところが、その秀秋は戦況を眺めるうちに、どっちに付くか判らなくなってしまったのです。この乱戦では西軍も東軍も、戦力は全くの互角になってしまっており、現状を打破するには強力な戦力が新たに参戦した方が勝利を収めるという状態になってしまいました。つまり
〝秀秋が味方した方が勝つ〟
という状況になったわけです。この合戦に1万2千人もの兵力を率いている秀秋が、このタイミングで戦場に駆け下りれば、危ない均衡を保っている戦場は、秀秋が味方した方の圧倒的有利になり、一気に決着がつくでしょう。
「勝つ方に味方すれば、いいじゃん ヽ(´∀`)ノ」
とタカを括っていた、思慮の浅い上にまだ19歳の若僧・秀秋が、どこまで自分の立場を理解していたかは不明ですが、どちらが有利なのか判らない状況に、どちらに味方するか自分で決められず、呆然と戦況を眺めているだけだったのでした。
戦況を打開する有効な手段がない家康は、ついに〝ある決断〟をして、側近を呼び寄せてある命令を出します。それは、
「金吾の本陣に鉄砲をブチ込め! ヾ(`◇´)9」
というものでした。
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