戦う坊主・安国寺恵瓊

安国寺恵瓊というのは、その名前から察する事ができる様に〝僧侶〟、つまり坊さんです。

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坊さんのくせに大名、という非常に変わった経歴を持つのが恵瓊というおっさんなのですが、恵瓊は中国地方を支配する毛利家の外交官として、当主の毛利輝元から絶大な信頼を得ていました。

それというのもこの恵瓊というおっさんの〝時代を先読みする目〟は大したもので、その昔織田信長が若かりし頃の家康おやぢと連合して、甲斐の武田勝頼(たけだ かつより)を打ち破り、いよいよ織田家の版図を大きく広げようとしている時、

「(信長は)いずれ高転びに転ぶかもしれん ( ̄~ ̄)」

と言い切りました。〝高転びに転ぶ〟とは思わぬアクシデントで足元をすくわれる事を言うのですが、恵瓊は〝本能寺の変〟が起きる10年以上前に、信長が〝思わぬ謀反に遭う〟事を予言していたのです。

さらに同じ頃、まだ城持ち大名になる前の秀吉に対して、

「木下藤吉郎(秀吉の旧名)と申す者、〝さりとてはの人物〟なり」

と秀吉に高い評価をしていました。

そんな眼力を持った恵瓊のアドバイスをしたおかげで、毛利家は豊臣政権下で生き延び、大老の地位に就けたといってもいいでしょう。

そんな恵瓊が、三成に協力したのは、家康を倒す事で豊臣政権の中での毛利家の地位を一層磐石なものにする気だったと思われます。

恵瓊は三成が正式に挙兵する前からすでに三成に接触しており、

「三成殿失礼ながら、そちの19万石という身上では、天下に檄を飛ばしても、味方をする大名はおりますまい。そこで、わが毛利家120万石の威光を利用すれば良い。こちらの総大将はわが主である毛利輝元にしよう (∪_∪)b」

と持ちかけました。

自分の領土がわずか19万石で、255万石の家康に戦を仕掛けるには無理があることは、三成も実感しており、恵瓊の主張に賛成したわけですが、三成は、もしこの軍勢で家康を倒せた場合、毛利家の権力は増大し、

(豊臣政権を脅かすのが、徳川から毛利に変わるだけかも・・・(-_-;))

と不安になったかもしれません。

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